包丁に使われる素材には様々なものがあります。
主に包丁の材料として炭素鋼がつかわれていますが、その他にも特殊な鋼が使われることも増えてきました。
代表的なのがダマスカス鋼とモリブデン鋼ですね。
本日はモリブデン鋼包丁について特徴をわかりやすくお伝えしていきたいと思います。
モリブデンの産出国は?
「モリブデン鋼」は、鉄をベースにモリブデン(Molybdenum)をはじめとした合金元素を加えて作られる鋼の一種です。モリブデンという金属が産出される国は以下となります。

中国は世界最大のモリブデン産出国であり、世界シェアは40%前後とされています。自国の工業需要が大きいため、国内消費も多いのが特徴です。
次に産出量が多いチリは銅鉱石の副産物としてモリブデンが多く生産されることで有名です。
モリブデンからモリブデン鋼が作られるまで
モリブデンからモリブデン鋼が作られるまでの過程をお伝えしていきます。製造工程については興味がないという方は読み飛ばしていただければと思います。
鉱石の粉砕・選鉱
モリブデン鉱石は泡とともに上部に浮かび上がり、「モリブデン精鉱」として濃縮されます。

採掘した鉱石を破砕機で細かく砕き、さらにミル(粉砕機)で微粉末状まで小さくします。
次に浮遊選鉱(フローテーション)という工程です。これは粉砕した鉱石を薬品と水とともに撹拌し、モリブデン鉱石を浮かせて回収する工程です。

ロースティング(焙焼)
モリブデン精鉱(MoS₂)を高温で熱処理(焙焼)すると硫黄分が除去され、酸化モリブデン(MoO₃)が生成されます。化学式としては以下となります。
2MoS2 + 7O2 → 2MoO3 + 4SO2
MoS2 + 6MoO3 → 7MoO2 + 2SO2
2MoO2 + O2 → 2MoO3
この段階で得られる酸化モリブデンは、金属モリブデンや様々なモリブデン化合物を作る中間原料となります。
還元(酸化モリブデン → 金属モリブデン)
得られた酸化モリブデン(MoO₃)を水素などの還元雰囲気で熱処理すると、金属モリブデンとして取り出すことができます。
ここで生成される金属モリブデン粉末は、純モリブデン製品やフェロモリブデン(Fe-Mo合金)を作るための原料になります。
モリブデン鋼への合金化
金属モリブデン粉末と鉄の材料を電気炉などで溶解・合金化し、「フェロモリブデン」が作られます。フェロモリブデンは取扱いやすいため、一般的にはモリブデン鋼を作る際に「フェロモリブデン」として添加されます。
溶かした鉄の中にフェロモリブデンを必要量加えることで、モリブデンを含有する鋼が作られます。
ここで他の元素(クロム、ニッケル、バナジウムなど)も同時に加えれば、ステンレス鋼や特殊鋼をはじめ、さまざまな性質を持つ合金鋼が得られます。
そもそもモリブデン包丁はモリブデンを加えたステンレス鋼で作られた包丁の総称でステンレス包丁の一種です。
合金化した溶鋼を連続鋳造や鋳型に流し込み、鋼塊・ビレット・スラブなどに成形します。その後、圧延や鍛造といった加工工程をへて、最終的に棒鋼や鋼板、板材などの形状に仕上げられます。
モリブデン鋼包丁の特徴
ではいよいよ本題のモリブデン鋼包丁の特徴についてお伝えしていきます。

家庭用には十分な切れ味だがプロ用としては物足りない
一般的にモリブデン包丁の硬度はHRC 58~60前後に仕上げられることが多いです。
この範囲は、家庭向け包丁としては十分な硬度です。日常の食材をスパッと切るには十分な鋭さがあり、特に肉・野菜などのカットは問題なく快適に行えます。
高硬度(HRC 60以上)まで追求した炭素鋼や高級ステンレス包丁よりはやや柔らかめで、刺身や薄造りなど極端に精細な作業を要求されるプロにとっては少し物足りないというレベルです。
ただ、そのぶん刃こぼれしにくく万が一欠けても修復が比較的容易というメリットがあります。
HRC硬度 | |
青紙1号(炭素鋼) | 63-64 |
青紙2号(炭素鋼) | 62-64 |
白紙1号(炭素鋼) | 61-64 |
白紙2号(炭素鋼) | 60-63 |
V金10号(ステンレス鋼) | 60-61 |
銀紙3号(ステンレス鋼) | 59-61 |
AUS10鋼(ステンレス鋼) | 60 |
AUS(ステンレス鋼) | 59 |
モリブデン鋼(ステンレス鋼) | 58-60 |
刃持ちも比較的高い
モリブデンを含む鋼材は、強度(硬度)が比較的高いものが多いため、刃こぼれが起きにくく切れ味が長持ちしやすい傾向があります。
一般的なステンレス包丁よりは耐摩耗性が高いものが多く研ぎの頻度を少なくしたい方には使いやすいです。
ただ、プロの料理人のように最高レベルの刃持ちを求める場合には物足りなく感じることもあります。
比較的研ぎやすい
炭素鋼ほど研ぎやすいわけではありませんが、ステンレス鋼の中では研ぎやすい部類とされることが多いです。
家庭用の砥石でも十分メンテナンスできるため、包丁の研ぎが初めての方でも比較的扱いやすいです。
価格が比較的安い
高級ステンレス鋼(VG10、SG2など)や粉末ハイス鋼に比べると、購入コストが比較的手ごろです。
炭素鋼の中でも高級な「白紙」「青紙」などと比べても、サビにくさや扱いやすさの面で優位性があり、トータルで見たときにコストパフォーマンスが良いと感じられることが多いです。
ただ、一般的なステンレス包丁より安いというほどではありません。
お手入れが簡単
サビを防ぐための難しい注意点が少ないことが、日常使いにおいて大きなアドバンテージです。
使用後は洗って水気を拭き取るだけでOKなので、忙しい方や毎日の家事でそこまで丁寧にケアできない方には特におすすめです。
熱処理・製造工程による差が大きい
モリブデン鋼とひとくちに言っても、製造メーカーや熱処理技術によって品質が大きく異なる場合があります。
場合によっては、「モリブデンを含んでいる」というだけで鋼材自体の品質がさほど高くない包丁も流通しています。
同じ「モリブデン包丁」でも切れ味や耐久性に差が出ることがあるのは重要な点です。
まとめ
モリブデン包丁の切れ味は、「一般的なステンレス包丁」より良好なことが多く、家庭用途には十分以上の鋭さがあります。
ただし、炭素鋼や最先端の高級鋼材ほどの鋭利さ・長期の刃持ちには及ばないこともあります。
日常使いにおいては、「サビにくさ」と「十分な切れ味・刃持ち」の両立を重視しているため、初心者からプロのサブ包丁まで幅広く支持されているのが特徴です。
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